今回は計算問題の学習法を取り上げます。
なぜ計算問題の学習法が必要なのか?
普通は「簡単な計算問題はみんなできるでしょ」という具合に授業では軽くしか触れられないことが多いようです。
しかし実際は数学の学力の違いはほとんどこの「簡単な計算」のレベルから生じていますし、それに対して正しい学習法を知っている生徒はほぼいません。
一概に「計算問題の学習法」と言っても、本当は3種類あります。その時の学力状態と目的に応じて、この3種類のトレーニングから適切なものを選んでいく必要があります。
しかし大抵の生徒は「自分なりのやり方」をひとつ持っているだけで、状況に応じてトレーニング法を切り替えている生徒にはほとんど出会ったことがありません。
ごく一部の、自身の学習効果に非常に敏感な生徒(専門的に言えばメタ認知能力が高い生徒)が感覚的に使い分けている程度です。
このような生徒は極端に少ない学習時間で好成績を収めるので天才と言われることもあるでしょう。
入試では得点源になる
兵庫県に限って言えば、公立高校入試では20点近くが計算問題です。兵庫県の公立入試数学は難問も多く、80点以上の点数を取るには相当な数学力が必要です。
普通の受験生であれば50点~70点ぐらいの得点になります。その中の20点分ですから、非常にウエイトが大きいことがわかります。
また計算問題で点数を落としてしまうと、残りは難問ばかりですからリカバリーが難しくなってしまうのも重要なポイントです。
私立の入試は学校によって問題が異なるので一概には言えませんが「計算問題で点数を落とすとリカバリーが難しい」というのは全ての入試に共通していると思って下さい。
応用力の源は計算力である
塾に相談に来る生徒の多くは「計算問題はできるけど、応用問題ができません。だから応用問題を教えて下さい」と言います。
(ここでの応用問題は文章問題を指すケースも多いです)
確かに応用問題を解くためには問題文を読み解く力や、論理的に思考を重ねていく力、いわゆる応用力が必要です。
しかし実際に問題を解いているところを観察してみると、応用力以前に計算力の低さから問題に手が出ないという状態の生徒が多いのです。
このあたりのカラクリは「ワーキングメモリを活かす学習法」にまとめてありますので、そちらも合わせてご覧下さい。
今は 計算力が十分でないと応用力も身につかない という理解で十分です。
「ていねいモード」で基盤をつくる
まず、習いたての時はこの「ていねいモード」で学習します。
命名は適当ですが、これは学校などでもよく指導される方法です。
こんな感じです。
オーソドックスなやり方なので詳しい説明は省きますが、この学習のポイントだけは列挙しておきます。
1処理1行を原則とすること
右側の悪い例では
・両辺に10を掛ける
・移項する
という2つの作業を一度にやってしまっています。まだ計算方法が安定しないうちにコレをやってしまうと、定着を妨げてしまったり、ミスして学習時間が無駄に長くなってしまうのでやめましょう。
左の例のように1つの処理について1行書く。それを縦に並べていくのが正しい方法です。
1行1行について「なぜそんな計算をしたのか?」を考える
1行1行の計算には意味があります。例えば上の例ではどの問題も 両辺を等倍する → 移項する → 同類項をまとめる → また両辺を等倍する という手順で解いていますが、
両辺を等倍するのは分数を排除したいからです。
また、なぜ両辺等倍が許されるかと言うと、両辺がイコール(=)で釣り合っているので、両側に同じ計算をしてもイコールのバランスは崩れないという理屈です。
よく言われる下図のような天秤の理屈です。
このような計算の意味を理解しているのといないのとでは、計算の定着や応用問題になった時の対応力が全く違ってきます。
このように1行1行の意味を考えるために、1処理1行を原則としています。
字は大きく見やすく書くこと
上のサンプルぐらいで十分です。字が小さすぎると学習効果が下がります。
図ではわかりにくいですが、ノートの罫線はほぼ無視して書いています。罫線からはみ出るのが気になる人は最初から罫線が入っていない白紙のノートで練習するのも良いでしょう。
間違えたら どこで間違えたのか発見すること
図の2番目の問題では計算を間違えた部分を赤ペンで直しています。これが意外と重要な作業です。
よく「間違えた問題は即座に最初から解きなおす」という生徒がいますが、それよりも間違えた箇所を発見するという方法が良いでしょう。
間違えた箇所を探すという作業自体、かなりの学習効果がありますし、これを繰り返すことで自分が間違えやすい箇所がわかりミスが減っていきます。
間違えたら 次は何に注意すれば良いかコメントを残すこと
図の右側に赤ペンで「マイナスの分配忘れない!」や「整数も忘れずに等倍する」というコメントがあります。
これも重要な作業で、ただ間違いを見つけただけでは次回にうまく修正できないのが普通です。
(数学に熟練した人ならできますが)
ちゃんと注意点を言語化して残すことで、より印象に残って次に問題を解く時に同じ間違い方をする確率が低くなります。
シミュレーションモードで計算力を高める
ていねいモードで5問連続正解できるようになったあたりを目安に、シミュレーションモードに移行します。
シミュレーションモードと肩ひじ張った名前で呼んでいますが、計算に限って言えば要するに暗算のことです。
こんな感じです。
問題を書いて、次の行にはイキナリ答えが書いてあります。
これだけでは何のことかわからないので、一応頭の中で何が起こったかも右側に書いてみました。
この問題が解ける人は是非、右側の思考の流れを追っていって欲しいのですが、全部で9つの処理を脳内で行っています。
このようなトレーニングをするメリットは2つあります。
頭の中で処理できる情報量が増える
この問題は9つの処理でしたが、もっと複雑な問題(連立方程式など)になると15以上の処理を行うこともあります。
訓練を積むことで、脳内で処理できる数が増え、習熟すれば10以下の処理数ならほとんど疲労を感じずに脳内で数式をいじれるようになります。
この「脳内でたくさん数式を処理する力」こそが応用力の源になる力です。
ていねいモードで書いてばかりいては、この力が育たないために応用力が身につかないのです。
脳に負担をかけない計算法を獲得できる
例の図をよく見てもらうと、ていねいモードで計算していた時と計算手順が違うことに気がつきます。
ていねいモードでは文字の項も定数項も区別なく、書かれている順に左側から処理しています。
一方でシミュレーションモードでは文字の項だけ先に取り出して処理をしています。
書くことが前提の解き方であれば左側から処理するのが一番ミスがないのですが、シミュレーションモードで同じことをやってしまうと途中の計算を覚えていられなくなり、解けなくなります。
先に文字の項だけに絞って計算すれば、その結果の3xだけを記憶していれば良いのです。
このように書いて計算する時と暗算の時で計算手順が異なるということは意外に知られていないのではないでしょうか?
これはシミュレーションモードの訓練を繰り返す中で、脳が負担を嫌い、自然と負担が一番少ない手順に近づいていくことで起こります。
将棋と同じ上達プロセス
最近話題の将棋の藤井聡太七段。強さの秘けつの一つとしてよく挙げられるのが詰将棋です。
詰将棋とは要するに「先を読む訓練ができる将棋パズル」のようなものと思って下さい(実戦とは異なります)。
私(塾長)も将棋をするのですが、最初は3手ぐらいしか先が読めませんでした。しかし訓練を繰り返すことで
・脳内で動かせる駒の数や手数が増える
・読むプロセスが合理化される
という成長が起こり、結果として10手先・20手先も読めるようになってきます。
80%モードで本番に強くなる
これまでに紹介した2つのトレーニング方法は、あくまで学習効果に力点を置いた方法で、試験本番向きではありません。
ていねいモードは時間がかかりすぎますし、シミュレーションモードはミスのリスクがあります。
試験本番では、この3つの間でバランスを取った計算方法で問題を解いていく必要があります。
これは非常に感覚的なもので、これまでの2つのように見本で示すことが難しいものです。
感覚的には全速力の80%ぐらいの速さで、見直しを同時にしながら計算を進めていく感じです。
稀に数学の天才タイプとして、このバランスを取った計算方法を身につけている人がいますが、現実的にはたくさんの訓練を積んで身につけていくものと捉えて下さい。
イメージ的には下図のようになります。
暗算で済ませて良い部分は暗算で済ませ、ミスのリスクを感じる部分だけメモ的に書くような形になります。
適切なトレーニングは生徒によって違う
以上3つの方法を見てきましたが、どのトレーニングをするべきかは生徒によって異なります。
それぞれのメリットやデメリットを表にしてみました。
前述したようにどの生徒も感覚的にどれか1つの計算方法がベースになっているので、基本的には普段していないモノをトレーニングするという発想になります。
正しいトレーニングをすれば計算は必ずできるようになります。
そして計算が高いレベルでできるようになることで、文章題や関数や図形など、1ランク難しいとされる単元でも学習がスムーズになります。
また何より計算ができるということは数学に対して苦手意識を払拭できるということです。
数学が苦手という人ほど、簡単な計算練習を軽視せず、論理的に最適なトレーニングを考えて力をつけることをオススメします。