本稿は当会の実際の指導例を基にした学習法・指導法研究の一部を一般の方向けに少し書き直したものです。
最近指導した生徒で
「直角三角形の合同条件を間違えて書いてしまう」
という生徒がいました。
直角三角形の合同条件は
(1)斜辺と他の一辺がそれぞれ等しい (2)斜辺とひとつの鋭角がそれぞれ等しい
の2つです。
その生徒は
・斜辺のひとつの一辺が…… ・斜辺と他の鋭角が……
と書いてしまうことがありました。
さて、こういった生徒をどう指導すれば良いか?
直角三角形の合同条件はどのように学習すれば良いか?
が研究テーマです。
言語感覚で学習する
そもそも直角三角形の合同条件は苦もなく覚えてしまう生徒も多いです。
上記のような間違いもしません。
そのような生徒は言語感覚がそれなりに成熟しています。
〇斜辺と他の一辺が… ×斜辺とひとつの一辺が… ×斜辺と他の鋭角が… 〇斜辺とひとつの鋭角が…
詳しくは後述しますが×がついた文は日本語として(意味的に)少しおかしな文です。
スラスラ学習できる生徒は、×がついた文に違和感を抱くことができる生徒です。
学習において「感覚」というのは非常に重要です。
「なんとなく変な感じがする…」
「なんとなくこっちが正しい気がする…」
こういった感覚を大切にできる生徒は伸びます。
しかし意外とこの「感覚」は軽視されがちです。
なぜなら指導者があまり「感覚」という言葉を使わないからです。
「この問題は感覚的にこうしたくなるよね」
「この問題は感覚で解くんだよ」
なんて言ってしまうと、ちゃんと解説していない講師になってしまうからです。
だから講師は全ての問題を論理的に言語化しようとします。
しかし実際の学習に感覚は大きな影響を与えているのです。
全て指導者がちゃんと言語化しようとすると、中学数学ですら3年間では到底終わりません。高校以上の勉強になると10年以上かかるんじゃないかというレベルです。
ですから、直角三角形の合同条件も
「感覚的にこの書き方が正しい感じがする」
で解決できる生徒はそれでOKです。
もちろん、さらに思考力や応用力を養うために学習を深めることもできますが、とりあえず基礎レベルについてはこれでOK。
身近なレベルに落としてあげる
さて、では感覚で違和感を持つことができない生徒はどうするか?
私が試してみたのは
・斜辺と他の一辺が… ・斜辺とひとつの一辺が… ・斜辺と他の鋭角が… ・斜辺とひとつの鋭角が…
を
・お茶と(何か)他の飲み物を買ってきて ・お茶とひとつの飲み物を買ってきて ・お茶と(何か)他のおにぎりを買ってきて ・お茶とひとつのおにぎりを買ってきて
に書き換えてみるというものです。こう書きなおすと2番目と3番目の文に違和感を抱く生徒が圧倒的に増えます。
今回指導した生徒はこれで解決。
「言葉を使った論理的な説明」を行うことなく、感覚的な理解をつくることに成功しました。
「斜辺」や「鋭角」といった普段は使わない言葉よりも、「お茶」や「おにぎり」といった日常でよく接する言葉を使った方が理解が促進されるのは指導者の中では常識に近いので、似たような指導をされる方も多いと思います。
ちなみに認知心理学で似たような事例で有名なのが「4枚カード問題」というやつです。
「ウェイソン選択課題」とも呼ばれており、どちらで検索してもたくさんページがヒットするので興味のある人は調べてみて下さい。
この実験は「言語理解」というよりも「論理的思考」を扱ったものですが、こちらも同様に日常的なテーマの方が正答率が上がるという結果を得ています。
この生徒が「自分で勉強」できるようになるには
ウチはティーチングによる指導は重視していません。
今回のように指導者が活躍して学習が成立している状況は良しとしません。
あくまで生徒が自分で勉強できるようになるのが目標です。
なので、指導も研究もここで止まらず
「なぜこの生徒は自分で教科書を読んだ時に今回のような理解に至らなかったのか」
を考えます。
まずこの生徒の特長として
・数学は得意(ちょっとした入試問題ぐらいならサポートなしで解ける)
・国語は苦手(自分の興味のある文章かどうかに理解度が大きく左右される)
・自分の考えを言葉を使って説明することが苦手
興味深いのが、今回の直角三角形の合同条件の指導を行った後に
「じゃあ、わかったことを自分の言葉で説明して」
と要求すると
(直角三角形の図をいくつも描きながら)
「斜辺と他の一辺って言ったときの 他の っていうのは、このタテの辺とヨコの辺のことを言ってるけど、斜辺とひとつの一辺って言うと ひとつの一辺 というのが斜辺のことも言ってしまうからダメ」
といった説明をしたことです。
図を描いたのも、こちらに伝えるためというより、自分の思考をサポートするために描いたという印象でした。また、言葉はたどたどしく、しかしある意味で過剰に論理的な説明をしたことも大きな特徴です。
おそらくこの生徒は言語感覚が低く、言葉(または文章)からイメージを抽出する作業が苦手(その思考が働かないか、働いても処理にかなりの時間がかかる)生徒です。
塾では数学しか受講希望を出していないため、国語についての力はまだ測りかねていますが。
WISCっぽい見方をすると「言語理解」が低い状態でしょうか。
このように得意と不得意が顕著な生徒の学習をデザインするには二つの方向性があります。
①苦手な能力を鍛える学習にする
②得意な能力を活かした学習にする
今の時代、②が良い感じがしますが、②だけだと先々カバーできない学習が出てきてしまう可能性が高く、生徒の年齢(13歳)も考えると苦手としている言語理解の能力を鍛えることに挑戦してみたいところです。
ということで、シンプルなトレーニングとして
・国語の教科書の文章(物語文と論説文)を音読する
・できるだけ速く読むことを意識してもらう
・2ページ分読むのにかかった秒数を測る
・読み飛ばしはダメ。特に助詞は正しく読む
・読んだ後にどんな内容だったか尋ねる(説明のレベルは低くてOK)
このトレーニングでは、速く読むことを意識させることで「言語理解の感覚化(処理の自動化)」を図ります。こうすると読み飛ばしや単語レベルでの拾い読みをする生徒が出てくるので、読み飛ばしについては厳しくチェックします。助詞も重要視することで言語理解の中に論理性も要求します。さらに読み終わった後に内容を尋ねることで読んでいる最中に「意味を理解しなければ」という意識づけもしていきます。
単純なようですが結構な負荷がかかります。処理しなければいけないことも多く、ワーキングメモリが低い生徒であればいきなりは成立しないかもしれないトレーニングです。
今回の生徒はワーキングメモリはそれなりにあると判断したのでこのトレーニングにしましたが、成立しなければ
・まずは読み飛ばしをせずに読めるようになる
・助詞や接続語に意識を払って読めるようになる
・内容をイメージしながらゆっくり読む
というのを段階的に練習したあとに、その全部を同時行う上記のトレーニングに移行することになります。
You tubeなどの動画サービスの発達により、言語読解による学習(本などから学習する)ことは避けることができるようになってきましたが、人間は言語を使って思考しているという立場に立てば
「言語理解が苦手なら、それ以外の方法で学習すればOK」
とはなかなか言えません。
どうにかこのトレーニングで言語理解の力が改善できれば良いのですが…。
経過を見ていきたいと思います。
<了>