「自分で学ぶ力」を身につけるために必要なこと

さて、教育が本来の目的を果たすためには

自分で学ぶ力を生徒たちにつけさせるべきだというところまで話が進みました。

次に出てくる問いは

 

自分で学ぶ力ってどうやったらつくの?

 

ということです。これに対して僕が考えていることは以下の4つで、これがうちの塾の指導目標でもあります。

  ハイレベルな読解力・計算力・論理的思考力 そして教養

  自分で勉強するのが当たり前だという姿勢

  学ぶことが楽しいと感じていること

  学習のメカニズムを知っておくこと

 です。

 

ハイレベルな読解力・計算力・論理的思考力 そして教養

細かく説明すると長いので、ざっくりですが

読解力…難しい文章を読みこなす力

計算力…中学レベルまでの計算を(できれば暗算で)素早くこなせる力

ぐらいの感じです。

論理的思考力はよく使われる割にあまり共通理解がつくれていない言葉ですが、物事の法則やメカニズムを解き明かし、それを使いこなす力ぐらいの認識で僕はいます。最近はプログラミング教育にも手を出していますが、プログラミングをするときの力が結構そのまま論理的思考力だと思います。ちなみに学校教育だと高校の数Aが一番それに近いです。

論理的思考力…物事の法則やメカニズムを解き明かし、それを使いこなす力

教養もけっこう曖昧な言葉ですが、単純に知識量という理解で良いでしょう。古典文学から現代社会・科学技術まで何でもあった方が得です。もちろん暗記量ではありません。ちゃんと理解している知識の量です。夏目漱石の代表作が『こころ』だと暗記していることではなく、『こころ』を実際に読んで何かを感じ取ったことがあるかどうかです。アインシュタインの発表した代表的な理論が「相対性理論」だと暗記していることではなく、相対性理論がどんな内容なのかを説明できることです。

教養…理解して記憶している知識量

この4つの要素があると新しい学習をする時に圧倒的に吸収が速くなります。読解力はわかりやすいでしょう。動画が隆盛を誇る時代になってきているとはいえ「学習」ということに関してはまだまだ本(やWebサイト)の文章を読むという作業が主流です。情報の密度という観点でやはり文字は比類ないものがあります。どんな文章でも読みこなせる読解力があれば可能になる学習の幅が広がることは言うまでもありません。

そして読書をするときは書かれている内容を自分の既有の知識や経験に結びつけながら読むことが必須です。こうしなければ読んだ内容がなかなか頭に残りませんし、実際の仕事や生活に活かすところまで吸収できないからです。そのときには教養の力が効果を発揮します。

ある程度以上のレベルの本になると論理的に思考して理解することが要求されます。少なくとも「〇〇学」と名の付く分野を勉強するのであれば、その背後に論理があることは自明です。筆者が書く「Aという現状があるよね。そこにBという解決策があれば、Cという状態を経て、Dに至って問題解決だよね」という論理展開についていかなければいけません。論理的思考力がなければ読書が成立しない場面が出てきてしまいます。

計算力はピンとこない人も多いかもしれません(教育に携わる人は大多数がその価値を体感しているとは思います)。これはエビデンスというより経験則寄りの主張になりますが、いわゆる「地頭が良い」という人、言い換えれば「頭が切れる人」というのは計算が速くて正確な傾向があります。おそらく脳内で情報処理を行うスピードと精度が高いのでしょう。扱う情報がただの数字から売上やら人件費やらに変わっても脳内でやることは変わりません。そこで処理速度が速いということは単純に思考に使う時間を削減できるので、学習の速度が向上します。

こういった要素はうちの小学生コースから学習内容に入っています。中学生からは完全に個人別にカスタマイズした指導内容になっていますが、これらの要素は欠かさず入れるようにしています。

自分で勉強するのが当たり前だという姿勢

 一般的な塾では「まだ学校で習ってないこと」は先生が先に説明をしたあとに、生徒が演習するのが基本の流れだと思います。

ただ僕はこれを嫌っています。これをしてしまうと生徒は

勉強とは先に誰かが教えてくれるもの

 と思ってしまうからです。実際にうちに入塾したての生徒はテキストの中で学校で習っていないものがあると

先生、これまだ習っていません

 と僕に言いに来ます。まるで

習っていないものは、先に説明を受けなければできないものだ

と言わんばかりです。しかしこの姿勢は「自分で学ぶ力」をつける上でけっこう致命的です。塾の仕事をし始めたばかりのとき、これには結構驚きました。僕は学生の時はほとんど学校の授業は聞いておらず(聞いてもわかりにくい授業も多かった)、自分で考えたり教科書を読んだりして勉強するのが当たり前でした。

どう考えても、授業を受けるより自分でやった方が速い

と思っていましたし、それは今でも正しいと思っています。僕は大学受験が専門ですが、生徒たちも大学受験勉強を真剣にやる中で、同じ結論になることがほとんどです。特に最近は参考書類がとても充実していますし。どうしても動く先生の解説が聞きたければ動画サービスで自分のわからないところだけ解説を聞くことも簡単にできる時代です。まずは自力で考えて解決という選択肢が浮かび、どうしようもない時だけ他者の力を借りるという考え方になっていることが重要です。

ということで、僕はそうやってヘルプを求めに来た生徒には

そっか。習ってないのか。じゃあ頑張って考えて!

 と返すようにしています。もちろん十分に時間が経ってもわからなければ助けますが。

これはほとんどの指導者がしていないと思います。特に塾は商売ですから

わからないことは何でもすぐに質問してね!

と言っておいた方がなんだか親切な感じがします。わからない時にすぐに助けてくれる先生は確かに生徒の信頼を集めることでしょう。しかしそれではいつまで経っても生徒は

助けてくれる誰か

を必要とします。

繰り返しますが勉強とは本来一人でやるものです。まずその意識を持っておくことが「自分で学ぶ力」の大前提になります。まだ学校で習ってない内容なんて、むしろ大チャンスです。考える力・自分で考えるという姿勢を鍛えられるこれ以上ない機会です。

さらに「まずは自分で考える」というクセがある生徒は、その後に調べたり解説を聞いたりしたときの理解度が圧倒的に高くなります。「勉強は一人でやるもの」というのは「他者の力を絶対に借り手はいけない」ということではありません。「習ってないからできない」という思い込みから解放されるべきということです。

学ぶことが楽しいと感じていること

僕は19歳まで心底勉強が嫌いでした。けっこう激しく嫌っていました。

しかし僕の両親は勉強が好きなようで、子供の頃から

勉強は楽しいものだ

と言われてきた記憶があります。特に父は当時中学生とかの僕に向かって

勉強楽しいか?

とたびたび尋ねてきました。

この人頭おかしいんじゃないだろうか?

と本気で思っていました。しかし今ならわかります。

勉強は楽しいものです。

あれだけ勉強を嫌っていた僕が今や「勉強が楽しい」と言っているのだから、父の「勉強楽しいか?」と聞いてきたアレは実は暗示効果みたいなのがあったんじゃないかと思って僕も今は生徒に

その問題、楽しい??

と聞くようにしています。これは結構本気で大事だと思っていて、勉強を楽しいと言っている人がいるという事実そのものは記憶として残っていきます。それがいつか自分のやりたい勉強と出会えたときに意味を持ってくるのではないかと思って、今日も生徒たちに白い目で見られています。

学習のメカニズムを知っておくこと

これはあまり世間では言われません。というか教育系の本でもあまり書かれていませんが、僕は個人的に超大事だと思っています。

認知心理学という分野になりますが、人の記憶や理解がどういう仕組みになっているのかを学んでおくと、新しい分野を勉強するときに習得がかなり容易になります。さすがに高度なので指導するのは高校生が中心で、中学生に簡単なレベルだけ教える程度です。

ただ認知心理学の知識を学ぶことよりもっと大事なのが

より良いやり方はないか? と自問自答すること

です。僕は中学生ぐらいから

労力をかけずに高得点を取る

ということに心血を注いでいたので、自然と

自分の記憶はどういう仕組みになってるんだ?

なんでこれは覚えられて、こっちは覚えられないんだ?

今1時間かかった勉強を、30分で終わらせる方法はないか?

といったことをずっと考えてきました。しかし生徒は意外にこれを考えないようです。

彼らはなぜか

勉強ができない = 頭が悪い

と思い込んでいます。というより、大人にそう思い込まされていると言った方が正確でしょう。

実際は勉強ができないの原因はほとんどやり方つまりトレーニング法にあります。だから毎回同じように勉強したり、ただ学習時間を多く取ろうとしたりすると失敗します。

自分自身で「上手くいった勉強」と「上手くいかなかった勉強」を理科実験のように考察し、改善策を考えていくことで学習技術は上達していくのです。

ここで大事なのはうまいやり方という固定的な方法があるわけではないということです。よく

誰でもできる!カンタン勉強法!

〇〇するだけで劇的に成績アップ!

のようなキャッチコピーがあります。あれらが完全に嘘というわけではありませんが、重要なのは「えらい人の言うことをそのまま実行すること」ではなく、あくまで

自問自答しながら改良を重ねていく姿勢

ということです。

いくら認知心理学の知識を学んだとしても、自分の体感と照らし合わせなければ実際の勉強に活かすことはできません。むしろ認知心理学の知識とは、この自問自答をやりやすくするための着眼点を身につけるために使うものです。