Interviewee:長野弘暉(記事中 K と表記)
神戸市立西代中学校
兵庫県立伊川谷高校
(浪人)
関西学院大学 文学部 総合心理科 ⇐ now
中学時代は勉強が大嫌い。テストも5教科で200点ぐらい。
高校に入って2年間ほど遊ぶ。
高3になる直前に「僕、大学受験頑張ります」と突然スイッチが入る
高3では関西大学を受験するも、惜しくも不合格
(第一志望以外受験しないという剛の者だったため、浪人が確定)
浪人では関西学院大学に志望校を変更。見事に合格
(関西大学もリベンジ受験し、特待生をゲット)
注:この記事は当会のnoteに掲載していたインタビュー記事をリメイクしたものです。
模試結果を振り返る
今回はインタビューに入る前に、模試結果を振り返ってみます。
・全く勉強していなかった高2
・勉強を始めた高3
・爆発的に伸びた浪人時代
の3つの模試から成長を見てみましょう。
高2の模試
まずは全く勉強していなかった時代、高2の7月から。


当たり前ですが低いです。
塾生には普段から伝えていますが、試験というものは頭の良さを測っているのではなく、準備の質と量を測っています。
何も準備していないなら取れなくて当然です。
だから頭が悪いということにはならないし、逆にどれだけ頭が良くても準備しなければスコアは取れません。
次は同じ高2の11月から。


一見すると少し偏差値が上がっているように見えますが、これは運の問題です。
この生徒は元々読書好きだったので、国語の点数がたまに取れることがありました。
ただ、ちゃんと勉強してるワケではないので、文章のテーマや設問に大きく左右されます。
言語系科目は特にですが、模試の結果というのは運の要素と実力の要素をちゃんと分けて考えることが重要です。
高3の模試
その後、高2の3月から真剣に受験勉強を始めました。
それから3カ月経っての高3の6月の模試がこちら。成果は出ているのでしょうか?


出ていません。
この時は中学レベルの復習から始めていたので当たり前です。そんなレベルは模試には出題されませんから。
くどいようですが、試験は頭の良さとか学力とか、そんな抽象的なものは測れていません。
あくまで出題された問題に対して準備ができていれば解けるし、準備していなければ解けない。それだけの話です。
受験勉強にはこんなふうに勉強はしているのに数字に表れない時期というのがあります。
ここでブレてしまってはせっかくの努力が水の泡。
だからこそ、我々指導者はもちろんですが、生徒自身もテストの数字ではなく自分の勉強の中身やプロセスを大切にしなければいけません。
そのことが、次にお見せする高3の9月の模試を見て頂ければわかります。


10ぐらい偏差値が上がりました。
国語と日本史は模試に出るレベルまで準備が届き始めたので、妥当な数字。
英語のリスニングは本番の試験で範囲外なので、読解トレーニングの一環として音声を聞いていたぐらいで何も準備はしていません。だから低いし、それでOK。
英語の筆記は結構力がついてきていたのですが、スピードが足りなくて点数が伸びていないだけです。
英文を正しく読む力だけで言えばもっと上の実力を持っています。だからこそ、ここから英文を速く読むトレーニングに切り替えています。
これが数字ではなく中身を見るということの意味です。
浪人の模試
そこから丸一年が経過。
・試験で測っているのは準備
・あくまで勉強の中身を見て、最適なトレーニングを模索する
ということを徹底して続けた結果がこちら


受験勉強を始めた当初に比べると偏差値で言えば20~25ぐらい上がっています。
世間的には奇跡とか魔法とか言われる上り幅だと思いますが、違います。
そういう準備をしただけ。種も仕掛けもある手品と同じです。
もちろんこれだけの準備をするにはそれなりの学習時間が必要ですし、ただやみくもにこなすだけの勉強ではなく、生徒自身が主体性とチャレンジ精神を持って試行錯誤する必要があります。断じて僕(講師)が上げたワケではありません。生徒が上げたのです。
これから掲載するインタビューで、この生徒がどんな精神状態からスタートして、どれだけ主体性や自分で考える姿勢を持って努力していたのかがおわかり頂けると思います。
この塾は、こういう頑張り方を目指す塾です。
大学受験を目指すまではどんな状態?

まずは模試の偏差値39.4より前の話からしたいねんけど(笑)この頃の学力状態を振り返ると?

まぁ最低レベルですよね(笑) 基礎学力はほぼないですね。

この頃って英語の不規則動詞言えたかも怪しくない?

いや、言えないですね。学校の授業とかにも出てくる超基本的な動詞をチョロっと知ってるぐらいで、ほとんど言えないですね英単語は。

そうやんね。knowとかplayとかはわかるけど…

そうですね。likeとか(笑)

considerとか言われても(大学受験超基礎単語)

『えっ!?聞いたことないです』みたいな(笑) まぁ現代文だけ普通の人に毛が生えた程度みたいな。

そうやね。まぁ読書好きやったし。小説よく読んでたし。精神面ではどうやったん?

まぁとにかく『勉強が嫌い』ですよね。勉強の話されるのすら嫌みたいな

まったくやってなかったもんね(笑)

はい(笑)1日の勉強時間は0分ですね(笑) まぁよく遊んでましたね。バイトもしてましたし。バイトも楽しかったな。
1年目(高3)を振り返る

こういう状態から突然さ、授業の日にウチ来て『僕受験頑張ります』って言い始めたやんか(笑) あれなんやったん?(笑)

焦りですよねやっぱ。このまま大学受験やってもどこも受からないだろうしっていう。

想像してみたってことやね?「このままいったらどうなるんだろう?」ってのを。

そうですね。大学受験どこも受からないとか。もし万が一受かったとしても、テキトーに過ごすんだろうなとか。その後はフリーター?とか。想像したらすぐわかることじゃないですか(笑)このままじゃヤバいなって。一番の原動力はその焦りですかね。
そう考えると大学受験ってちょうどいいタイミングだったんですよね。今までの自分を見つめ直すというか。『このままじゃダメだぞ』って。

でもそれまでって勉強めっちゃ嫌いやん?

はい。

焦りがあったとはいえ、よく受け入れられたね?

確かにそうですね。

勉強が嫌いっていう度合いって、俺から見ると中3が一番ヤバかった気がするねんけど

そうですね!中3が一番嫌いでした。

高校入ってさ、2年間ぐらい全く勉強に対してプレッシャーかかってなかったやん?それは関係ある?

あります×4(笑) それが多分良かったんだと思います。やっぱ嫌ですよね普通に考えて。人からさせられる勉強って。
だって意味わかんないじゃないですか。いや、人間に教育が必要ってのはわかるんですけど。結局それって社会を成立させるために必要っていうのが大きいじゃないですか?
でも僕個人としてみたら、そんなん関係ないじゃないですか(笑)

うんうん。『自分は別にそういうのじゃない人生でいい』ってことやんね?

そうです×3(笑) だからやっぱり嫌ですよね。それが高校では全く言われなくなったんで。

塾でも高校入ったら何も言ってないもんね。お家でもそうやったん?

そうですね!高校では特にお父さんとかお母さんにとやかく言われることはなかったですし。まぁお母さんは中学の時はそれなりに言ってはいたと思うんですけど、それは『直近の高校受験があるから、それは頑張りなさい』みたいなことだったんで。高校入ったらバイトもしていいよって言ってくれましたし。
この時期に好きなだけ遊んだりとか。本読んだりもそうですし。勉強のことをあんま考えずに過ごせたので。

ほうほう。

あと高校のレベルが、僕の学力でもテストがそんなに大変じゃなかったってのも大きいと思います。まぁ英語は難しいと思ってましたけど(笑)伊川谷よりちょっと難しい高校を選んでたら、多分追い立てられてるんですよ。本当に点数が取れなかったら、例えば退学になってしまうことだって、最悪あるじゃないですか?そうそうないですけど。そこを全く考えなくて良かったので。それは大きかったですね。

その中で勉強嫌いって気持ちがだんだんマイルドになっていって、そこで将来のこと考えた時の焦りでスイッチが入ったってことかな?

そうですね。その頃には(受け入れる)気持ちがある程度できてましたね。

なるほど。そこで「大学行かなあかんな。頑張らなあかんな」って受け入れられたんやね。ただその場合はさ、別に志望校で関関同立とか言わなくてもいいワケやん。関関同立って結構なレベルでしょ?しかも当時の偏差値からしたら、まぁ、普通に考えたらあり得ないじゃないですか。

まぁ今考えたらそうですね(笑)

そのレベルに対して本気になれたのってなんでなん?「将来がヤバいから頑張らなあかん」っていうネガティブなモチベーションじゃなくて、1年目は「関大に行く」っていう、「何かを達成してやる」っていうポジティブなモチベーションやったやん?

まず最初に「やるんだったら目標は高く」というのはありましたね。自分にとって中途半端な目標設定は良くないかな、みたいな。

あと僕最初は信州大学を志望してたんですよね。社会心理学やりたかったのと、家計に負担かけたくなかったってことで。ただ下宿やと私大行くのと比べてそんな安くならないとか、何なら余計高くなる可能性があるみたいなことを知って。それなら関西の私大の方がいいかってなって。

そこで関大のオープンキャンパスに行った時に産学連携っていう企業と提携して心理学を活かしたモノづくりをしてるってことを知って。それをやってみたいと思いました。
なおかつ自分の学力も、がむしゃらにやってたらちょっと上がってたので「いけるかな」みたいな(笑) 勢いですよね(笑)

確かに勢いあったね(笑)

1年目は95%は勢いですよね(笑)今考えたら関大って難しい大学なんですけど、まぁ勢いですね(笑) がむしゃらにやってたんで。

そのがむしゃらの中で、受験の時に「関大しか受けません」って言ってたあの心境はなんやったん?

あぁ!あれは「関大5つ(5日程)突っ込めば、どれか受かるかな」って(笑)対策とかもあるんで、分散させるよりもむしろ確率上がるんじゃないかなって。

なるほど。確かにそういう戦略もあるね。

あと、僕1年目の時って受験のプレッシャーってのをほとんど感じてなかったんですね。むしろちょっとワクワクしてるぐらい(笑)僕の中でそんな状態って珍しいんですけど。勢いが強すぎてというか…(笑)

確かにあの時期はちょっとハイになってたな(笑)

そうですね(笑)なんか「いけるぞ!」みたいな。

実際に成績は上がってたしね。

そうです。それでちょっとハイになっちゃって。まぁ調子に乗ってたんでしょうね(笑)僕結果が出てる時に調子に乗りがちなんで(笑)

そんな調子に乗った状態で1年目、関大を受けて、惜しい日程もあったものの全敗やったやん?あの時の心境ってどんな感じなん?

合否発表の時、ネットで見たんですけど「見間違いじゃないかな?」が最初の印象ですね。なんだかんだ受かってると思ってたので。

受験番号打ち込んで合否見るんですけど、番号間違ってんのかなと思って(笑)何回も試すんですけど何回試しても不合格って出るんで。そこで「あぁ、そうか…」って。絶望というか…まぁ精神的に来るものがありましたね。

やっぱキツいよね。

キツかったですね。でもまぁ実はそこまで引きずらなかったですけどね。五分五分の勝負だってことは最初からわかってたので。ある程度は覚悟して行ってたので。まぁだいぶ楽観的ではあったんですけど(笑)
2年目(浪人)を振り返る

1年目は関大しか受けてなかったから、必然的に浪人生活に入るワケやん?

そのつもりで関大受けたんで、必然ですよね。

関大全落ちの絶望感は意外と引きずらずに済んで、そこからは心のエネルギーは満タンというか、「よっしゃリベンジするぞ」的なテンションで2年目は迎えられたん?

そうですね。そんな感じです。多分その気持ちが最初になかったら、あんな成績上がってないと思います。

確かに。

そこで浪人スタートですね。むしろ今考えたらこっちが本番みたいな感じですよね。

めっちゃ成長したもんな。結果論やけど、浪人して良かったと思うけどね。

それは僕もそう思いますね。

取り組み方が全然違うかったから。まぁ1年目もゆーて偏差値10ぐらい上がってんねんけど。でも2年目はそんな次元じゃないね。数字だけじゃなくて中身まで見れば。

全然違いましたね。

まず志望校が変わってるじゃないですか。関大(関西大学)から関学(関西学院大学)に。あれはどういう意図?

単純なランクアップだと思ってましたね(笑)その時期って就職で出版社とか考えた時期だったんですよね。就職実績とか見ても関学の方が良かったので。

学ぶ内容的にも、心理学できるしっていう?

そうですね。そっちも色々調べてみて、関大にこだわる必要ないかなって。

なるほど。浪人の時は精神的には充実してたん?

そうですね。楽しかったですね。

楽しかったんや(笑)あんな毎日勉強してて。

楽しかったです(笑)特に秋口ぐらいの過去問解いて研究する時は楽しかったです。なんか全然点数伸びないみたいな時期があったじゃないですか?
