この記事では指導者の方々の参考になりそうな論文を紹介します^^

今回紹介するのはこちらです。

ざっくりした内容

中学2年生を対象に
・通常の授業デザイン

・新しい授業デザイン
で授業を行った結果、
新しい授業デザインで行った授業の方がワーキングメモリが低い生徒の挙手率が高かった。
という内容です。

ワーキングメモリ(以下WM)を知らない方には「???」となると思いますので、そういう方は下記リンクを参照下さい。

新しい授業デザインのポイント

通常の授業デザインと新しい授業デザインがどう違うのかは論文中に図解でも示されていますのでそちらをご覧下さい。ここでは新しい授業デザインの中でも生徒の挙手率に影響を与えたと考察されているポイントを3点紹介します。

新しい授業デザインのポイントは3つで
①冒頭での要点の提示
②共書き

(教師が板書する際に、子ども達も同時にノートに書き写す同時視写作業)
③活用問題

(冒頭での授業の要点を踏まえた上での、より実践的な共同活動)
です。

この3つの工夫が生徒にとっての認知負荷を下げる効果と理解したことを深化させる効果があったことで、結果として挙手率が上がったのではないかと考察されています。

1on1指導への応用

冒頭での要点の提示共書きも、その本質はワーキングメモリの小さい生徒への認知負荷を軽くするという点です。
ワーキングメモリの小さい生徒は「ながら」が苦手です。
例えば
「その日の授業の要点を頭の片隅に置きながら、教師の話を聞く」
「黒板に書かれていることをノートに写しながら、教師の話を聞く」
みたいなことです。同時作業が苦手と言い換えても良いかもしれません。

だから同時にならないような工夫をすると良いということです。

冒頭で要点が提示され、それがずっと黒板かノートに書いてあるのなら、頭にそれを保持する必要はなくなります。
ノートを書く時間が別個に用意されているなら、書きながら聞くという同時作業は不要になります。

これがこの論文で考察されているポイントです。
これを1on1の指導に応用するとどうなるでしょうか?

1on1の指導では、冒頭での要点の提示も共書きも、それ自体は必要ありません

1on1指導の場合、授業の内容は生徒と相談しながらの即興劇的になりますから、事前にその日の要点を伝えることは不可能ですし、指導者が何か書くとしたらその紙を生徒にあげれば良いので、改めて生徒が写す時間を取る意味がありません。
ですが

ワーキングメモリの小さい生徒は同時作業が苦手だということを配慮する
という本質は活かすことができます。

例えば僕は数学の指導では模範解答には載っていない実践的な着眼点・発想・迷い・考えの修正みたいなことを伝えるために隣で問題を実際に解いてみせながら、アタマの中を実況中継するという手法を採ることがあります。この時生徒に対しては僕が書く数式という視覚情報と、僕が話すアタマの中という聴覚情報同時に届くことになります。
ワーキングメモリの大きい生徒や、計算能力が高い生徒は手元の計算式を追いかけながら僕の話を聞いて理解することができますが、ワーキングメモリの小さい生徒や計算力があまり高くない生徒はそれが難しいことがあります。
そういう時は

「あ、計算した紙は後であげるから、今は聞く方に集中していいよ。」

みたいな声掛けをすることで、生徒が認知資源を適切に使えるようにサポートすることができます。

また、学習の目的や要点を意識としてキープすることをサポートするためにウチではプランシート(計画表)に目標や目的を書く欄を設けていたり、学習中に

「ただ答えを出すことが目的にならないようにね。何を覚えるため?何を確かめるため?何を鍛えるため?ってことを常に意識してね」

という言葉によるリマインド(思い出させる)というコーチングテクニックを使うこともあります。

ちゃんと測定したことはありませんが、僕はおそらくワーキングメモリが大きい方で、計算や読解などの処理速度も速い方なので、自分の感覚をアテにしないことは常に意識しているつもりですが、やはり気を抜くとスピードが上がりすぎていたり、同時に多くの情報を生徒に提示してしまっている時があります。

今回ご紹介した論文中にも

学年が上がるにつれて、教師は、"子ども達はある程度の同時作業であれば付いてくることが出来る"、”説明を簡略化しても、これまでの流れを踏まえてある程度理解することが出来る”と判断してしまいがちである。そして、この傾向は中学校でより顕著になる。しかしながら、同時作業は、年齢に関係なく、WMの小さい子どもにとっては過度な負担が生じ、授業への参加を阻害する(Gathercole & Alloway, 2008/2009)。そのため、教師は、これらの特徴を理解したうえで、WMの小さい生徒が、積極的に授業に参加し、かつ、重要な要点(まとめ)を正確に理解できるように、授業の"流れ"を作っていくことが必要となる。

と書かれていますが、このことは我々指導者は常に意識しなければいけませんね。

注意すべきこと

最後に注意すべきこととして、論文中には

本研究では、新授業による授業デザインが、授業内容の理解を実際に促進させるのかについて、試験等の客観的指標を用いての検討ができていない。知識の定着という観点も踏まえた場合、新授業の導入が、生徒の授業への参加意欲を向上させるだけでなく、理解の促進と継続的な知識獲得にまで効果を示すのかについても、更に検討していく必要があり、今後の課題である。

と述べられています。
今回の研究においては理解度の客観的な測定は行われておらず、あくまで生徒の自己評価しか行われていない点は注意しておきましょう。

関連書籍の紹介

ワーキングメモリについて理解を深めることは指導上とても有意義です。
ワーキングメモリについて学習したい方にオススメの本をいくつかご紹介します。

ワーキングメモリモデルの考案者による本なので王道と言える本です。

今回ご紹介した論文の中でも参考文献に挙げられています。指導する上ではより実践的。

僕はこの本が一番好き。

ワーキングメモリについてというより、もっと広く認知心理学全般を取り扱った本。
僕は一番わかりやすい本だと思っています。初学者の方にオススメ!