受験勉強で意識して欲しいこと

今回はちょっと心理っぽいお話です。

受験業界では
授業、動画、参考書、SNSなどに無数の勉強の仕方が書かれています。

「これをすれば受かる!」
「合格者はこれをやっていた!」
「夏はこれをやれ!」

どれも異常なほど断定的に言われている割には、
別の投稿には正反対の主張をしている人がいたり…。

本当に優れた方法があるのなら、それに収束していっても良さそうなものなのに。

中には明らかにセオリーに反していたり、
昔はよかったけど今の受験のトレンドには合っていない方法や参考書が紹介されていることもあります。

なんでそんなことが起こるのか?

理由は色々ありますが、今回はその中の一つ
「生存者バイアス」
という心理現象をご紹介します。

心理学の豆知識として、
そして受験勉強をする上での心構えとして、
お暇なときに読んでみて下さい。

※ちなみに生存者バイアスは社会にたくさん溢れています。受験だけではなく、その後の人生においても溢れる情報に振り回されない姿勢として役に立つと思います!

生存者バイアスとは?

まず、そもそも、
生存者バイアスという言葉を知っていますか?

生存者バイアスとは
成功した人の話やデータだけに注目してしまうことで、判断が偏ったり誤ったりしてしまうことです。

よくあるのが戦闘機の例です。

第二次世界大戦中、研究者は任務から戻った戦闘機のどこに損傷があるかを調べました。

それがこの図です。
そして研究者たちは

「損傷を受けた箇所の装甲を厚くしよう!」

と提案しました。
すごく真っ当な提案に思えます。

しかし、エイブラハム・ウォールドという人が待ったをかけます。

ウォールドが主張したのは全く逆、

損傷を受けていない箇所を強化すること

です。

なぜかわかりますか?

その理由は、

データが取れたのはそもそも任務から帰還できた機体のみだから

です。

帰還できた機体が損傷を受けた箇所というのは
「損傷を受けても帰還できる程度のダメージだった箇所」
ということです。

逆に言えば
「それ以外の箇所に損傷を受けた場合、それは帰還できないほど深刻なダメージだった」
ということになります。


体罰は必要か?

受験の話をする前に、そのための橋渡しとして生存者バイアスの例をもう一つ出します。

スポーツにおける体罰の話です。

今でこそ勉強の世界でもスポーツの世界でも

「体罰なんてあり得ない!!」

という見方が一般的になってきてますが、少し前は

「体罰は必要だ」

という意見も多くみられました。

興味深いのは、プロのスポーツ選手たちが

「あの厳しい指導があったから、自分はプロになれた」

と主張していたことです。

生存者バイアスを知った皆さんならもうわかると思いますが

「体罰が当たり前の世界で、プロになった人の話だけ聞けば、そりゃ、そうなる」

ということです。
つまり
・体罰を受けて、プロになった人
の話だけ聞いても実は何もわからないわけです。

本当に体罰が必要かを論じるためには、少なくとも
・体罰を受けて、プロになれなかった人(競技を辞めてしまった人)
・体罰を受けないで、プロになれた人

の話が本当は必要です。

こんなふうに、生存者バイアスの罠は教育の世界でもいたるところに存在します。

<補足>
これは
体罰について何か主張したいわけではありません。
僕の指導環境で体罰は必要ないし、僕はやるつもりはありませんが、世の中には体罰が必要な時がもしかしたらあるのかもしれません。ないのかもしれません。
少なくとも、この記事は体罰の要不要論とは関係がありません。


青チャートは必要か?

受験業界の話をしましょう。
受験の世界でわかりやすい生存者バイアスと言えば青チャートです。

青チャートと言えば、進学校では定番といっていいほど配布される、数学のぶ厚い参考書のことです。

一昔前までは

「受験数学の定番は青チャート」
「青チャートをやっておけば大丈夫」
「青チャートを3周すれば完璧」

みたいなことが受験の常識でした。
学校でも、大手塾でも、多くの人がそう言ってました。

その根拠が

「受かった人の多くが青チャートを使っていたから」

です。

典型的な生存者バイアスです。
受かった人は優秀な人がほとんど。
ぶ厚い参考書だってやり通せる処理能力があったでしょう。
難しい解説だって読みこなせたでしょう。

そもそも中高一貫校の場合は中3から青チャートを宿題として課すところも多いです。
そういう人たちは、それこそ
「青チャートを3周」
も現実的です。

では、そのデータを一般的な高校生に当てはめて良いでしょうか?
そんなわけないですよね。

実際僕は20年ぐらいまえからこの業界にいて

「青チャートをやれと言われた」

と言って1問30分ぐらいかけて一向に終わる気配がない、
3周なんて夢のまた夢で、
「そもそも君の志望校に対してオーバーワークじゃない?」
みたいな生徒を本当にたくさん見てきました。

最近でこそ
「青チャート、実はオーバーワークだったのでは?」
という真っ当な意見が市民権を得てきて
・基礎問題精講
・Super Quick

など、よりコンパクトな参考書が新定番となりつつあります。

<ここでも追記>
青チャート批判ではありません。
青チャートは素晴らしい参考書だし、多くの受験生を鍛えてきた実績があります。


受験業界は生存者バイアスで満ちている

これは青チャートに限った話ではありません。

生存者バイアスによって、全然合理的じゃないのに、なぜが長年まかり通っているセオリーのようなものが受験業界にはたくさんあります。

参考書だけでもまだまだ挙げることができますし、
勉強法
過去問を解くタイミング
ノートの作り方

などなど
この業界は生存者バイアスの見本市みたいになっています。

「受かった人はこれをやっていた」
「受かった人はこの時点でこれぐらいの成績だった」
「受かった人は何時間勉強していた」

皆さんもこんな話をたくさん聞くと思います。

でも、同じことをして落ちた人の話を聞いたことがあるでしょうか?


不安に流されないために

塾業界は不安産業であるとよく言われます。

不安産業とは不安につけこんでサービスを買わせるビジネスを揶揄した言葉です。

もちろん、塾業界の人たちが悪意で不安につけこんでいるとは思いません。
(残念ながら一部にそういう人がいることも否定できませんが)

ですが、不安をやわらげるような言葉が強く響きやすいという性質は業界特性としてあると思います。

生徒たちは受験や就職・社会に不安を持っているでしょう。
周囲からの声を圧力と感じることもあるだろうし、
クラスメイトが模試の結果を話していると
焦ってしまうこともあるかもしれません。

保護者の方も不安だと思います。
もしかすると
「親としての使命を果たさないと」
という気持ちもあるかもしれません。

そんなときに、塾業界の人間はある種の使命感を持って
「受かった人はこれをしていた」
という話をします。

それ自体が悪いとは全く思いません。
その方法が当てはまる人が一定数いるのも事実でしょう。

ただ、これは断言できますが、同じ方法で落ちた人もいます

生存者バイアスに陥らないためのは

同じ方法で落ちた人はな落ちたのか

を考えなければいけません。

しかし、不安が強い人はその疑問を持てません。
不安を解消するために「成功した人が採った方法」を聞いたのに、
それが絶対ではないという話になると、また不安になってしまうからです。

少し厳しい言い方をすると、
「不安を解消する」という方法に動いている時点で最善からは離れているように思います。

同じ方法で受かる人と落ちる人を、20年近くずっと観察してきた今の僕の感覚では、違いはそのメンタリティです。

上手くいく人は、不安に流されることなく事実を淡々と見つめられる人
不安を受け入れ、不安と共存して、
場合によっては
人とは違うが、自分にとってはこれが最善を選べる人です。

ウチが学習法の専門塾を謳いながら
(謳っているからこそ)
固定的なやり方を明示しないのはそのためです。

生存者バイアスに陥らない。
受験業界を不安産業にしない。

どんな方法でも生徒と一緒に試して、感触を聞いて、効果を測って、
上手くいく方法かを確かめていけば良い。

僕はこれがもっとも合理的で効果的な方法だと思っているし、
上手くいく生徒たちは自前でこれをやっています。

(もっと言えば、その技能やメンタリティを期待するからこそ、学歴が高い人に企業はポテンシャルを見出すのだと思います)

不安を受け止め、目を鍛える

これから夏を迎える受験生には、
生存者バイアスに陥らず、
目の前の事実と自分自身をちゃんと見据えて欲しいと思います。

どれだけの前例があろうと自分に効果をもたらさない方法は捨てるべきだし、
前例がなかろうと効果があるならそれが正解です。

自分の勉強に正解不正解を出せる唯一の人間は自分自身です。

僕は、指導者にできることはその目を養うことでしかないと思っています。
サッカーを上手くすることはできない。
でも、どういう状態がサッカーが上手いかを伝えることはできる。
頭を良くすることはできない。
でも、どういう状態が頭が良いということかを伝えることはできる。

「僕が代わりに見てあげることはできないが、君に見える景色の中でここに注目してみろ。そこからこういうことを考えてみろ。」

僕はそういうことを伝えているつもりだし、それを学び取って欲しいと思っています。

夏の過ごし方を考える時期だからこそ、自分が不安に流されていないか振り返り、
改めて目線を目の前の教材と自分自身にセットし直してみてください。